DISCO OZ

Do you remember


名古屋で初めて、ストリ−トカルチャ−を楽しめるパ−ティ−が実現しました。めいっぱい自分をア−トしてお越し下さい。(当日パ−ティ−にふさわしくない服装の方はお断りさせていただきます。)...だそうです(笑)
ということでロンドン・ナイトでおなじみの大貫憲章さんがOZに初登場しました。
それまでOZはUKニュ−ウェイヴ色が強く、ニュ−ヨ−ク・パンクなどはあまりかからなかったのですが、大貫憲章さんはもうこれでもか!というくらい連発されてました。ラモ−ンズやジョニ−・サンダ−スがへヴィロテで燃えた(笑)。ぼくはOZで育ってますので、当然UKパンク派だったのですが、この日を境にNYパンクも好きになりました。

一時期OZにはOZ通信というフリ−ペ−パ−があったのですが、OZ通信撮影日に来てたお客さんの中から、おしゃれな人を選んで載せてました。もちろんぼくも登場してます(笑)。しかし一緒にいた奴がカッコ良かったという説もある...


OZのディスカウント・チケットの別バ−ジョン

1986年5月6日木曜日、涙のOZの葬式カ−ドです。オ−プニング・ナンバ−はなんと南無妙法蓮華経でした(笑)。なんというセンスのよさ!というかディスコでお経なんかかけていいのか?ちなみにこのお経が流れてる最中に興奮して前の方で飛びまくっていたぼくの友人は、常連のロッカ−ズの連中に後ろからおもいっきり殴られて、ちょっとした騒ぎになりました。それで止めに入った友人も巻き込まれて、さらに殴られた友人が報復にまた後ろからおもいっきりいっちゃったので乱闘になってしまった。ぼくはというと、友人が乱闘になっているのも知らず踊ってたのでした(汗)。この日の選曲は名残を惜しむかのように大ネタ連発で、OZヒットパレ−ドの様子を呈しており、ものすごく楽しかったです。ラストナンバ−はシドの"My Way"!ラス前はアディックツの"Viva La Revolution"でした。そしてその後はダンス・ホ−ルになだれ込み、深夜まで余韻にふけりました。合掌。


おまけのOZ亡き後のSCHOOLの優待券です。OZから変わったということで、かなり期待して当初は通ったのですが、普通のディスコにわずかにニュ−ウエイヴの香りがするだけの期待外れの内容でした。しかしSPKの"Metal Dance"の12インチなんかがフルレングスでかかっていたこともあるにはあった。

もうひとつおまけにダンス・ホ−ルの優待券です。SCHOOLよりむしろこちらの方が面白かったですね。OZナイトとかもたまに開催してたし。おニャン子(もちろん「かたつむりサンバ」)とかがかかってました。しかしまもなく東京へ武者修行(笑)に行ったので、あまり記憶にはないです。ちなみに東京ではもちろんツバキハウス、ピカソなどもロンドンナイトに行ってました。


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